スクールMARIKOスタッフ・ブログ

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  • 浜田真理子さんに初めて会って生の唄を初めて聴いたのは島根県立美術館のイベントでした。2011年3月13日。東日本大震災から二日後の事。地震後の津波と原発の水素爆発の報道に接した直後で、松江もいつもと違う雰囲気でした。直後には自粛ムードが広がり、次に「がんばろう」とか「絆」とかの言葉が溢れました。自治会での義捐金や街頭での募金、支援イベントにも参加したけれど何だかずっとモヤモヤしていて、もう一歩踏み込んで何かしたいという思いがありました。2013年に始まった「スクールMARIKO」に参加し始めたのは、そんな僕の欲求を満たすためでした。

    「みんなで知り学び考えよう」というスクまり。賛成か反対の立場を取らないとは言え、原発が立地する松江市内を会場とした取り組みです。当初は真理子さんを含めて5人のスタッフでの運営。スタートした初年度はピリピリしたムードが漂っていました。そんな空気の中、真理子さんやスタッフが神経を磨り減らしたりしてはいけない。原発事故の解決は先が見通せず、この取り組みも長く続けなければ意味がない。真理子さんと一緒に被災した人達の心に寄り添いたい。スタッフや参加者の皆さんと一緒に真理子さんや被災地を支えたいとの思いでお手伝いを申し出ました。

    スクまりの1年は春から秋にかけて数回の講座を開催し、その期間は準備と本番と反省の繰り返しでした。冬の間にその年の総括と次年度の準備。多い年では毎月1回のミーティングを行いました。みんなと顔を合わせるミーティングは楽しく、とても充実していました。スタッフとして参加し始めた頃、楽しんでいる自分に罪悪感みたいなものを感じた事もありましたが、楽しかったからこそ7年間続けてこられました。

    7年間で様々なゲストの方々のお話しを聞いてきました。2015年と2017年には福島県相馬市などを訪れる事も出来ました。環境や地域や家族など個人ごとに抱える事情や、置かれた状況によって問題は様々であり、被災地とか被災者とか避難者とか一括りには出来ない事、福島で見た現実は僕の現実であり僕の問題でもある事に気づかされました。自分自身も当事者として考えることこそ大事なんだ、と思うようになりました。

    いつの頃からか風化が危ぶまれるようになりました。また、少しずつ復興の兆しも見えてきました。あの時ニュースで見た映像を脳裏に焼き付けて思い返す。そのことだけでは時として復興を妨げることにもなりかねません。スクまりに関わり続けていると新しい情報に触れることが出来ました。改善されて行くこともあれば見えにくくなっている問題や、また新たな問題もある。3.11を「忘れない」とは、その後どうなっているのかを「知り続ける」ことでした。

    最終回には、東日本大震災発生当時、南相馬市役所の防災課で災害対応にあたった高野真至さんの生々しいお話しをうかがいました。2014年にもお越しいただいた森田文彦さんと佐藤定広さんもお招きしました。2014年当時は熱っぽく語る森田さんと落ち着いた口調の佐藤さんの対比が印象的だったのですが、お二人からは共に怒りや悲しみみたいなものが感じられたのを覚えています。でも5年経った今回は感じられず、最終回に少しホッとしました。
    一方で、2015年にお招きし最終回にも参加して下さった内藤真紀さんの感想に目がとまりました。「もやもやは胸の底に沈殿しているだけだと気づく。撹拌されて濁った思いに支配されそうになった」と。
    もやもやとは、2014年に森田さんや佐藤さんから感じた怒りや悲しみなどのネガティブな感情のことだと思います。スクまりに参加する以前に僕が抱いたモヤモヤも同じだったのでしょう。誰もが多かれ少なかれ傷つき、ネガティブな感情をエネルギーに変えてきました。僕はそのエネルギーをスクまりに注いだのかもしれません。傷ついた人たちの心のもやもやもが、ただ時間の経過だけで沈殿するのではなく、ポジティブな感情がこの先に進む力となるよう願います。そして僕たちは、もしあれが島根原発だったらと想像してきました。家族や職場や地域の繋がりを奪われた悲しみや怒りや憤りも想像し共有してきたつもりです。スクまりに関わってきた7年間で僕のモヤモヤは心の底に沈殿したけれど、時にはモヤモヤで心を濁してでも、遠い場所からでも、これからも声を上げることが必要だと思うのです。自分の事として考え、常に新しいことを知り続けようとしてきたスクまりの取り組みが無駄にならぬよう、未来を少しでも明るく照らせるように、これからも僕は僕の出来る事を考え、行動していけたらと思います。

    みんなで一緒に知り、学び、考え、悩み、泣き、笑い、呑んで食べて歌ったスクまりでした。ご参加いただいた皆様、ゲストの皆さん、真理子さん、スタッフのみさなん、これまでどうもありがとうございました。

    森田勉

  • お久しぶりです。スクマリ日直浜田真理子です。今年の開催まだかなあ、ひょっとしてハマダさん、もうスクマリしないのかなあと思っておられた方もあるかと思います。いつもスクマリを応援いただきましてありがとうございます。いえいえ、やりますよ。すみません、遅くなりまして。

    今年のスクールMARIKO第一回のゲストは音楽家の大友良英さんです。2013年のスクマリ初年度にもお出かけいただいた大友さん、今年はNHK大河ドラマの音楽を担当されていて、超ご多忙です。その忙しい日々を縫うようにして松江にお出かけいただきます。なんと嬉しいことでしょうか。

    スクールMARIKOも今年で7年目です。当初とは被災地の様子も原発についての考え方も少しずつ変わって来ています。県庁所在地、そして原発立地地の松江で、原発事故はなんだったのか、復興はしたのか、と多くの講師をお招きしてお話を聞いてきましたが、だんだん参加者も少なくなってきて運営もきつくなってきました。いえ、お金の問題ではありません。モチベーションの問題だと思います。わたしもスタッフも忙しくなってきました。親の介護や、看病、子育てに追われる毎日です。

    災害が多くなり、地震と言っても、被災地といっても、一体どこをさすのかわからなくなってきたことが理由のひとつでもあるかもしれません。それにともなって、人々の興味も薄れてきたのかなと思うようになりました。というよりは、関心を向ける場所が増えすぎてテーマが一つに絞りにくくなってきたということもあるのかもしれません。

    福島と原発を考える勉強会としてのスクールMARIKOは今年で一旦お休みにしようと思います。解散というと寂しいので、少し路線を見直すといいましょうか、少し休んで鋭気を養ってそれからまた次のステップへ進みたいと思います。もちろん、わたしたちは福島の応援をやめません。そして「知り、学び、考える」こともやめません。

    この7年わたしたちがしてきたことは何だったのか、そんなことも考えながら今年は活動することになると思います。そういうわけで、最後の音楽のゲストは一番最初に来ていただいた大友良英さんにどうしても来ていただきたいと思いました。

    今年のスクマリは2回開催します。大友さんと、それから11月には相馬から佐藤定広さん、森田文彦さん、いずれも過去のスクマリで講師を務めてくださった方々です。あれからどうなったの?ということも教えていただきたいのです。森田さんのご紹介で、南相馬の市役所勤務の高野真至さんにも来ていただいてお話を聞きます。

    大友さんのお話はきっと楽しいことと思います。「いだてん」のお話、福島のわらじ祭りのお話、音遊びの会のお話、聞きたいことは山ほどあります。時間の許す限り大友さんのご活動について、それから福島のお話を聞こうと思います。

    ああ、遠藤ミチロウさんのお話もしたい。スクマリスタッフの松本さんのことも。わたしたちが活動をやめてしまったら、空の上から怒られるのかなあ。

    長々とすみません。今年も日直、スタッフ一丸となってがんばります。どうか、あと1年だけ、わたしたちにお付き合いください。よろしくお願いします。

        スクールMARIKO2019 日直 浜田真理子

           

  • 若い人たちの目が地域に向いている、と田中輝美さんは言う。

    こういう若い人たちのリアルな感覚を拾う「嗅覚」が彼女にはある。

    もともと新聞記者というキャリアを地道に歩んでこられたゆえの「嗅覚」かもしれない。

     

    僕も大学生と接することが多いので、この若者の感覚はよくわかる。

    彼らはこの国の高度成長を知らない。

    生まれたときから経済は冷え込み、成長は止まり、「失われた世代」と言われてきた。

    だから都会に出て、一旗あげて…というロールモデルはもう役に立たない。それは「成長」が生きているときにのみ機能する神話だ。

    「成長」も「発展」も眉に唾をつけて聞いている彼らがどこかで欲しているのが、誰かの(何かの)ために働いているという実感である。

    たしかに会社にいても給料はもらえる。けど彼らが求めているのは、通帳の残高が増えるような実感ではなく、誰かに面と向かって「ありがとう」と言ってもらえるような、肌感覚でわかる実感である。総じて自己肯定感が低く、リアルな人間関係を構築してこなかった若者ほど、この実感を欲している。

     

    今夏、学生を連れて隠岐の知夫村(知夫里島)に行った。卒業生が役場で働いていて、彼がアテンドしてくれたのだ(この島の美しい自然と美味しい魚介類と親切な人たちについても書きたいのだが、それはまた別の機会に)。正直、僕はちょっと心配していた。人口600人の閉じた島で、世間知らずの若者がひとり生きていけているのかを。ところが僕の心配は杞憂にすぎず、彼は活き活きと暮らしていた。水があったのかもしれない。彼と話していてわかったのは、彼が村の人から「必要とされている」ということだ。それはそうだろう。人口100万人の都会で暮らすより、600人の村で暮らす方が、一人当たりのウェイトは大きくなる。若者が少ない島なら、彼の「貴重さ」はなおさらだ。直接、言葉にはされないかもしれないが「ここには君が必要なんだ」という島民たちの思いがあり、おそらくそれが彼を動かしている。

     

    今回、田中さんの講演のキーワードになったのが「関係人口」である。彼女の言い方を借りるなら「観光以上、定住未満」となる。そこには住まないけど、なんらかのかたちで応援する、あるいは気にかけるということだ。

    僕にも好きな土地がある。知人がいるところもあれば、ただ観光で訪れただけの場所もある。でも好きな土地だ。新聞で地名を目にすれば記事を読んでしまうし、誰かがその地について話していたら、ついつい話に割って入りたくなる。僕にとっては先の知夫村がそうだし、日本全国駆け回っている日直ハマダさんになると、この「関係」はタコの足のように四方八方に伸びていることだろう。またスクマリはスタッフ全員で福島を応援している。

    では、この関係人口が何の役に立つのか? 実は地方の側からすれば嬉しいことが多い。言うまでもなく、地方には人口減に起因する問題が山積している。バスの便は減り、学校は閉校になり、地域の祭りも開催できなくなる。平たく言えば「ヒトとカネ」がない。これを関係人口である程度は穴埋めできるかもしれないと田中さんは考えている。例えばクラウドファンディング、ふるさと納税、イベントへの参加。あるいは身近な友人に、その地の魅力を伝えるだけでもいい。そうすることでヒトとカネの流れを作り出し、疲弊した地方が再び活気を取り戻すかもしれない。

    これまで自治体は「移住」を推進してきたが、都会の人を取り合うゼロサムゲームに、近年、全国の地方が疲弊しているというのが現状だ。それなら「定住人口」ではなく「関係人口」を増やして、地方全体が潤えばいいのではという方向にシフトしつつある。

     

    たしかに関係人口の定義は曖昧だし、その効果も未知数なところがある。また「地方」といってもその実情はさまざまで、一概に語ることは危険ですらある。

    けれども、関係人口とそれに関わる若者のことを、田中さんは笑顔で語る。

    それは、ローカルジャーナリストとして島根に根を張った彼女の決意のあらわれなのかもしれない。

    暗い話ばかりが山積する地方の問題だが、彼女の笑顔のなかに一条の光を見た気がした。

    (スタッフ:ふくい)

     

     

    ことしもスクールマリコ全3回、無事終了しました。

    お越しいただいたみなさま、本当にありがとうございます。

    感謝の意味も込めまして、今年も「芋煮会」を開催します。

      日時:11月25日(日)16:00~19:00

      場所:ミュージックバー Birthday

         (松江市寺町203-1 0852-21-0120)

      会費:2,000円(1ドリンク付き)

    定員の関係上、ご予約をお願いします。メールかお電話にてお申し込みください。

    メールアドレスは schoolmariko@gmail.com  電話は080-1918-9247です。

  • こんにちは。スタッフ岡田(長身あご髭メガネ)です。

    7月28日に開催したスクールMARIKO第2回目のご報告です。

    この日は「避難区域の再生〜100の課題から100のビジネスを創造する〜」と題し、福島から和田智行(小高ワーカーズベース代表取締役)さんをお迎えして開催しました。

    小高ワーカーズベースでの活動をお話しいただきました。
    小高へ帰還する方、もしくは帰還を検討している方の暮らしを支えるビジネスを創出するために立上げられたのが小高ワーカーズベース。
    具体的な活動は、住民や来訪者の交流の拠点となるオフィススペース、食堂「おだかのひるごはん」、仮設スーパー「東町エンガワ商店」、ガラスアクセサリー製造販売「HARIOランプファクトリー小高」などの立ち上げや運営です。

    (画像は小高ワーカーズスペースホームページより)
    和田さんは、ただ、働く場を用意するだけではなく、住民、そして若者や女性にとって魅力的な場を模索されています。自己実現できる場、人と人が交流する場、そこにいる人が輝き、そしてそれが周りに伝わっていく場を創出すること。

    和田さんのお話は、自分が日常的に感じている課題やそれに対する取り組みなどと重なることも多かったです。
    僕は普段、社会福祉法人で働いています。
    その中で人事や採用活動も担当しており、ここ島根でも、働くことについて様々な課題に直面しています。
    女性が多い職場のため家事・育児・介護などの生活を働き方と結び付けて組み立てなければなりません。
    圧倒的な売り手(学生)市場になってきています。中小企業が中心に参加する就職フェアでは、学生より企業ブースの数が多くなっています。都会地(県外)での早期内定も多く人材確保は大きな課題です。
    ワークライフバランス、働き方改革など言われていますが、働くことについての考え方は世代間のギャップが大きく、中間管理職に仕事やストレスが集中してきます。せっかくの人材も様々な理由により退職や転職で失うことも多いです。

    今後は人口減少、AIなどが進み、そもそも働くって何だろう?何のために働くんだろう?と生き方を根本から考える機会も増えてくると思います。

    そんな先行きの見えない不安の中、和田さんは「予測不能な未来を楽しもう」「常識が通用しなくなっている地域だからこそ、まったく新しい価値観に向かって創造ができる」と言われます。今がチャンスなんだと。

    そもそも僕がスクールにスタッフとして参加しようと思ったのも、プロジェクトFUKUSHIMA!の「未来はわたしたちの手で」「福島から発信していこう」という考え方に惹かれたことがあります。

    最初に飛び込むファーストペンギンは、苦労も多いと思いますがやりがいもあると思います。和田さんを頼もしく思うとともに、僕も地味ながら目の前の人に向き合いながら、充実した働きやすい職場を、今日の、明日の暮らしをつくっていけたらなと改めて思いました。

    そして、この日は、鳥取出身のミュージシャンのhacto(ハクト)さんが来てくださいました。

    関東在住ながら毎月のように福島や故郷の鳥取を訪れておられます。
    そしてこの日は松江にも熱い思いや歌(相馬について歌った「ガッツポーズ」)を届けてくださいました。

    そして最後は恒例の「浜辺の歌」

    この歌を聴くと僕は松本さんのことを思います。
    毎回スクールでゲストの話を聞かせていただくと、たくさん気持ちが入り乱れます。そんな中、浜田さんと会場のみなさんでこの歌をうたいます。松本さんも会場後方で一緒にうたっておられ、僕はいつも隣でその歌声を聴いていました。その歌声は優しく、温かく、滋味に満ちていて、まるで松本さんの人柄そのもののように感じていました。松本さん不在の中でもこのことを自分の中で確かな手ごたえとして思い出すことができ、優しい気持ちになれました。松本さん、ありがとうございます。

     

    グッズコーナー

    スタッフが手作りのグッズも加わり、陳列にも工夫を施しています!
    より楽しく学びたい♪そして運営費の足しになれば!という思いです。
    良ければ覗いてやってください。

    この日の会場は華やかでした!別のイベントで壁や床を装飾されたようです。

    壁や天井から吊るしたTシャツも映えてました(笑)

    以上、拙いですが、ご報告です。長々とすみませんでした!

     

    最後に告知です!次回は、今年度最終回!
    「ローカルという名の希望 ~島根から未来を考える~」
    ゲスト:田中輝美(ローカル・ジャーナリスト)
    日時:2018年9月8日(土)
    開演 15:00
    場所:カラコロ工房 地下大金庫室(松江市殿町43)
    料金:2,000円(学生半額)

    ぜひお越しください!

    スクールMARIKOスタッフ岡田

  • ※大阪北部地震で被災された皆様が早く元の生活に戻れますように。

    スクールMARIKO2018 第1回、無事終了いたしました。ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。

    今回は春の陽気のおかげで気温の上昇も予想される中、なんと会場の空調が稼働できないことがわかり、スタッフは工場・倉庫用扇風機を借りに走ったり、浜田さんは応援参加いただいていた山形の内藤真紀さんと一緒に特製うちわを用意したり。

    特製のうちわ、用意しました。

    またスタッフの中には体調不良で休むかもという人や。さらにこの期に及んでギックリ腰になった人も(ワタクシです。。) 幸い体調不良の人もギックリ腰の人も当日は元気に参加できて良かったです。

    スクールMARIKOの第1回はいつもミュージシャンの方をお招きし、トーク&ライブを行っています。今年のチラシを見て、どんな方が来るんだろうと思われた方も多かったかもしれません。

    ゲストは白崎映美さん。トーク・コーナーにご登場。

    方言、酒田大火、上々颱風、3・11、そして東北6県ろ〜るショー!!

    今年のゲストは白崎映美さん。とにかくかっこいい人でした。ご登場いただいたその姿は背筋もピンとし、端正の顔立ちの方。けれども言葉は浜田さん曰く「濁点の多い」東北言葉。

    白崎さんは『上々颱風』のボーカルということもあり沖縄の印象が強いのですが、ご出身は山形県酒田市。話される言葉は酒田弁と東京弁のバイリンガル(^^)。

    以前は方言を話すことにコンプレックスを感じていて、隠したかったとのこと。(同じく地方の人間にはとてもよくわかります。)それでも上々颱風時代に酒田弁でMCするとお客さんがグッと近くに感じられたこともあったり、年数を経ることによって、より自分らしい言葉と思えるようになり、今では「公用語」としての酒田弁を話されるようになられたとのことでした。

    中学生の時、酒田大火で被災され、ご実家も消失し仮設住宅で生活されていたことを話されました。友人からのカンパや応援は嬉しかったけど悔しくもあったこと、誰にも言えずに木に登って泣いていたとも。この思いは東北を襲った3・11にも繋がっていきます。

    山形避難者交流支援センターにて。福島で被災された皆さんの前で。

    震災後は各地の被災された皆さんの前で、求められるまま歌ってこられたそうです。

    その後、木村友祐著の「イサの氾濫」との出会いにより東北の血が目覚め、想像からチラシのあの赤い民俗調の衣装を産み、新たなバンド『東北6県ろ~るショー!!』を結成するに至ります。「東北人はもっとでっけい声を出していいんではないか」「東北のじっちゃんばっちゃん、いいこと来い来い来いー!」

    さらに酒田のクローズしてしまった、かつてのグランドキャバレー「白ばら」を気に入り、存続すべくビッグバンドを招いてのミュージック・ショーを開催。消防法による撤去の危機もクラウド・ファンディングや寄付の力を得て乗り越え、いまや酒田市を巻き込みながらの応援を行っているとのことです。白崎さん、かっこいい!でもさらにかっこよかったのはこの後のライブでした。

    浜田真理子さんの歌ではすすり泣きも。

    白崎映美さん、あの衣装でご登場です!

    始まりました!白崎さんのステージです。

    ライブ時には例の民俗調の衣装を身にまとい、ギターのふしみ・ほたるさんを従えての『東北6県ろ~るショー!!』ならぬ『東北6県ろ~る小』のステージ。でもその迫力たるや。歌の迫力ももちろんですが、立ち居振る舞いというか、姿がパシッと決まっていて。思わず「カッケーッ!」と。スタッフの間でも次々に声があがります。会場はあっというまに白崎さんのパフォーマンスに引き込まれました。さらにお客様や浜田さんを引っ張り出したかと思えば、最後はしっとりとバラードでまた魅了。会場いっぱいに拍手が響きました。

    お客様や浜田さんを引っ張り出してのパフォーマンス

    二人だけとは思えない熱量の高いステージ!ギターのふしみ・ほたるさんも熱演!

     

    アンコール。余韻はいつまでも。素晴らしいステージでした。

    後にご来場いただいた方から嬉しい言葉をいただきました。「白崎映美さん良かったね。スクールMARIKOの音楽ゲストはまちがい無いね。」ありがとうございます!開催して良かったと思える瞬間です。

    スクまり、半端ないって!(いや、ちょっと言ってみたかっただけです。。)

    今年のスクールMARIKOは地方の再生をテーマとして取り上げています。

    次回は福島県南相馬市より小高ワーカーズベースの和田智行さんをお招きして「避難区域の再生 ~100の課題から100のビジネスを創造する~」と題して開催します。

    会場はいつものカラコロ工房地下大金庫室。

    皆さんのお越しをお待ちしています。

    ギックリ腰がすっかり治って、今は腱鞘炎ぎみのわかつきでした。

  • その年に初めて見掛けると春がやって来た喜びを感じて、夏には当たり前のように飛び回っていて、でも秋になるといつの間にかいなくなってしまうツバメ。そんなツバメの姿が遠く小さくなっていっても、見えなくなるまでずっと手を振っていたいな。今年の秋はなぜかそんな気持ちでした。最後の一羽を見届けようと思いながら空を見渡していた10月の終わり、一羽で飛んでいるのを見たのが最後でした。

    スクールMARIKOがスタートして二年目から、スタッフとしてずっと一緒にスクまりの運営をお手伝いしてきた松本さん。松本さんの職場はスクまり会場として使うカラコロ工房のすぐ近く。準備や片付けの度に本棚や書籍、預かって下さっていたグッズや備品など大量の荷物を台車に積んで、職場と会場を何回も往復したり、急遽必要になった物品や用事があってもテキパキと手配をしてくれたり、打ち上げ会場も馴染みのお店を紹介してくれたり、ほんとに松本さんにはいつもいつもお世話になりっぱなしでした。困った時には松本さん。松本さんがいなきゃ本当に大変だよねと、スタッフ仲間はいつも感謝していました。僕の奥さんや息子にも気さくに声をかけてくれました。

    そんな松本さんとのお別れは突然でした。突然過ぎて気持ちの整理も付かず、写真の中で笑っている顔を何度も見返したり、まだ耳に残っているちょっとしゃがれた声を思い出す度に、悲しみと寂しさが溢れます。今は悲しくて寂しくても、季節が巡ってまた春がやって来てたら、空を見上げて松本さんのとびっきりの笑顔を探します。顔を合わせておしゃべりしたり、一緒に過ごす時間は無くなってしまったけれど、松本さんはこれからもずっとスクまりの仲間です。松本さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

    松本さんが亡くなってすぐ、書きとめていた文章です。
    今年最初にやって来るツバメにちゃんと挨拶ができるように空を見上げながら、今年も始まったスクまりの準備を仲間と一緒に進めようと思います。

    スタッフ 森田勉

  •  新年明けましておめでとうございます。

    2017年が後ろへ去り、2018年がやって来ました。

    2017年はスクまりにとって、大きな痛みと苦しみと辛さと、そして悲しみの年となりました。大切なスタッフの一人、松本さんが急逝してしまったのです。

     人はいつか死ぬのと分かっていたはずなのに、松本さんがいなくなるなんて考えたこともありませんでした。

     今でもまだ夢であったらと思います。

     

     松本さんはスクまりチームの星でした。月でした。太陽でした。いつも中心にいて、スタッフの意見がぶつかったとき、さりげなく軌道修正してくれていました。人と人が衝突するのが嫌いな松本さん。みんなが笑顔でいられるように、いつも一生懸命だった松本さん。サプライズの出し物に全力で準備していた松本さん。誰かが病気だと聞くと、まるで自分まで痛いかのような苦しい顔をする松本さん。

     

    そんな松本さんと、スクまりの未来について話す機会がありました。「わしがみんなの中で一番に定年を迎えるから、そしたらスクまり専属スタッフになって、真理子さんを助けるんじゃ!」と意気込んでおられました。「スクまりだけでは生活費が稼げませんよ〜(笑)」と言うと、「そんなんたいしたことじゃないわね〜。ちょんぼ畑でもして自分が食べる分だけ作ってれば大丈夫だけん(笑)」と言っておられました。「そうだなぁ〜〜。それからスクまりは、グッズもいろんな種類のものを作って、おがっちのさらんグッズともコラボして、それで、◯周年企画で真理子さんのインスタ写真展を開いて、それでそれで…」と私たちは時間の許す限りずっと語っていました。楽しかったなぁ。

     松本さん、

     もっともっと、ずっと一緒にいたかったです。松本さんもおじいちゃんになって、私もおばあちゃんになって、「私たちヨボヨボですね(笑)」って笑い合いたかったです。

     私たちはこれからどうしたらいいでしょうか。そんなん自分で考えな、って言われるでしょうか。

    スクまりや仲間、お客さんを大事に大事にしていた松本さん。その思いを引き継いでいこうと思います。松本さんのように温かく、優しい気持ちを持って、スクまりや仲間、来てくれたお客さん、ゲストの先生、打ち上げを準備してくれた方、助言をくださる方、関わってくれる人みんなを大事にしていきたいと思います。

     

     

    スクまりスタッフ 山崎美沙

  • スクまり2017第3回〜鴻巣麻里香さんをお招きして〜

     

     平成29年11月4日(土)に今年最後のスクールMARIKO第3回をカラコロ工房地下大金庫室にて行いました。最初に予定していた9月17日は台風のため延期になり、突然の開催となりましたが、ありがたいことに多くのお客さんが集まってくださいました。

     今回は、「みんなのおいしい居場所〜こども食堂“子供の今、子供の未来”〜」と題して、福島県白河市よりKAKECOMIの鴻巣麻里香さんをお招きしました。

     鴻巣さんはソーシャルワーカーとして、心をケアする活動に従事され、「カケコミ(=かけこみ寺+コミュニティ)」という地域の居場所作りをされています。

     

     

     東日本大震災後、鴻巣さんはご自身がSNSで投稿した文章(詩)が大きな反響を呼び、多くの人にシェアされて急速に広まったことに戸惑われたそうです。共感する声もあったけど、中には批判の声もあり、その後、安心して思ったことを声に出せなくなりました。

     震災によって、変わったと感じることは、

    「安心して思いを伝えられなくなった」

    「人の気持ちを考えたり相手の境遇を配慮したり人の痛みを想像する力がなくなった」

    「避難するにしてもお金もかかるので、各家庭の経済力が明からさまとなった」

    「子供たちは自己肯定感や自尊心を失った」

    ことであると。

     そして、震災後、鴻巣さんご自身も大病をされた経験もあり、自分は何ができるかと考えた末、

    「子供のために何かしたい!」

    →「自分が子供の時は何をしてもらいたかったっけ?」

    →「そうだ、居場所が欲しかった」

    →「子供の居場所作りをしよう!」

    →「さらにそこでおいしいものを食べられたらいいな、勉強も教えてもらえるといいな」

    と、考え、「たべまな(たべよう、まなぼう)こども食堂」を始められました。

     

     強調されたのが、こども食堂は決して貧困対策ではない!ということ。こども食堂は、「生きづらさを抱え孤立し、関係性が損なわれた子供たちの居場所である」と。そうでないと、子供たちは堂々と食堂へ来ることができなくなっちゃうから。それに、週一回開かれている食堂が貧困対策になり得るはずがないのだから。

     

     「たべまな」では、子供たちの自尊心を育てるために、子供がそこで貢献できるようにしているそうです。料理でも皿洗いでも勉強を教えることでも、なんでも子供に役割を持たせ、やってもらっているのだそうです。大人は子供の声に耳を傾けるようにし、その子の力を伸ばす場となるように気を配っていると言われました。そこは、すべての子供に開かれた場であり、多種多様な人と繋がることができ、自己肯定感が育まれる場所です、と。その代わり大人はカンパで支援!をお願いされているのだそうです。

     

     鴻巣さんがこれからやりたいことは、無償で家を譲ってくれる方がおられるので、そこを改装して、シェアハウスを作りたい!とのこと。子供が困った時にいつでも来れて、そしてちょこっと泊まれて、そういう居場所があるといいな。っと。

     

     お話をされている時の鴻巣さんはキラキラしてて、とても楽しそうでした。鴻巣さんがされていることは、子供たちの居場所作りだけど、それはご自身の居場所作りとも繋がっておられるのだなと感じました。私たちの「スクまり」と同じように。

     

     「スクまり」は私たちにとって大切な居場所です。この輪が広まって、繋がって、スクまりがみんなの居場所となるように、来年も楽しい講座を企画していきたいと思います。今年も一年ありがとうございました。また来年もどうぞよろしくお願いいたします。

     

     最後に、私たちの大好きな仲間であり大事なスタッフである松本のメッセージを載せておきます。彼は残念ながら10月22日に急逝してしまいました。でも、彼の想いとぬくもりと優しさと温かさと、彼のすべては私たちの心の中で生き続けています。「スクまり」を大事にしていた彼です。私たちもこのつながりを大事にしていきたいと思います。

     

    〜「もしかしたら、あの町が、(わたしたちの住む)この町だったかもしれない」
    福島に思いを馳せて、学び始めたころに胸にこみ上げた想いは、いま一層強くなっているように感じます。
    「現在(いま)」を、ご一緒に学びながら、これから先、わたしたちが備えるべきこと、わたしたちにできること。そんな気づきの場にしていただけたらと思います。
    ご興味の折々に、ぜひ会場にお運びくださいませ。(松本邦弥)〜
    -スクマリレター NO11:2017年5月7日発行 より-

     

     スクまりスタッフ 山崎美沙

  • いよいよ今年のスクールMARIKOの最終回(ゲスト:鴻巣麻里香さん)が迫って来ました。9月17日(日)15:00からカラコロ工房 3階の第1教室で行います。

    大変遅くなりましたが、早速、前回のスクールMARIKOを写真で振り返ります。

    第2回は毎日新聞福島支局の曽根田和久さんにゲストとしてお越しいただきました。曽根田さんは2001年に毎日新聞に入社。東日本大震災の直後から昨年3月までは松江支局で勤務され、昨年4月に福島支局に転勤されました。

    実は、曽根田さんはスクールMARIKO 福島特派員でもあり、第一部は「スクまり特派員の最新福島レポート」と題して、原発事故から6年経った福島の現状報告やこれからについて、ご担当の富岡町を中心にお話をしていただきました。

    福島の銘菓「家伝ゆべし」のTシャツで登場した曽根田さん。自己紹介の後、福島の現状として、解除が進む避難指示からお話が始まりました。

    福島第一原発がある大熊町、双葉町の全域と、富岡町、浪江町、葛尾村、飯館村、南相馬市の帰還困難区域を除く地域について、4月1日に避難指示が解除されましたが、もどる方、もどらない方、もどれない方、人の数だけ本当にさまざまだというお話でした。

    曽根田さん担当の富岡町は、原発事故前の人口は約1万6千人。4月1日に帰還困難区域以外の避難指示が解除されたものの、7月1日現在の居住者はわずか123世帯193人だそうです。

    人影のない町内の風景写真から現実の重みが伝わってきます。

    住民が戻らないと、再開するお店も増えないという厳しい構図がありながらも、国道6号線沿いに公設民営の商業施設「さくらモールとみおか」が営業を開始して、原発作業員の方々が集まるようになったり、東京電力の福島復興本社が町内に移転されて、復興を加速させようとする動きがあったりと言った少し明るい話題もありました。

    そのほかには、食品の安全対策、不足する働き手、住宅や店舗の脇に残る除染廃棄物、子どもの健康に関する取り組みなどについて、写真を交えてお話をしてくださいました。


    桜の名所として知られる「夜の森」地区。桜のトンネルの一部の避難指示が4月に7年ぶりに解除されてにぎわいを見せたそうです。

    人の気配がない「夜の森」地区に現れるようになったキツネの写真も印象的でした。

    最後に曽根田さんからのメッセージは「福島を忘れないでください」でした。

    僕はこれまでのスクールMARIKOへの参加や浜田真理子さんがきっかけとなるご縁を通じて、「福島」という言葉を耳にしたときに「福島」と結びつくたくさんの方々のお顔が浮かぶようになりました。「福島を忘れない」ということは、こうしたことの積み重ね、人と人との関わりの積み重ねを育むことでもあるのだと気づきました。

    今後は「福島」という言葉を耳にするとき曽根田さんのお顔も浮かぶことになりそうですが、「ゆべし」という言葉でも曽根田さんを思い出すことになりそうです。

    第二部は曽根田さんと日直の浜田真理子とのトークコーナーでした。


    曽根田さんの本音や人柄、苦労話などを引き出そうと、いろいろな角度から質問をしたり、優しくつっこんだりする真理子さん。なごやかな雰囲気の中でトークは進みました。

    質疑応答のコーナーでは、ご参加いただいた方からの率直な質問があり、どの質問に対しても丁寧にお応えくださいました。また、松江から福島に嫁がれて自主避難で松江に戻って来られた方に貴重なお話をお伺いする一幕もありました。

    第三部はみんなで歌うコーナー。日直による歌と伴奏で、参加者のみなさんと一緒に「椰子の実」と「教訓Ⅰ」を合唱しました。

    最後に番外編です。

    曽根田さんからお土産にいただいた福島の桃。休憩時間に参加者のみなさんと一緒に食べました。段ボール箱の桃からとっても甘い香りがして美味しかったです。

    松江市の防災安全課からお借りした簡易組立式の生活スペース「がんばるーむ」(写真上)。左が居住スペース、右がベッドです。防災グッズや非常食と一緒に展示しました(写真下)。次回のスクまりでも展示予定です。

    次回は今年のスクまり最終回です。

    非営利任意団体KAKECOMI発起人代表・精神保健福祉士・福島県スクールソーシャルワーカーの鴻巣麻里香さんをゲストにお迎えします。

    福島県白河市旧市街の街角にある木造2階建ての自宅を改修して誕生させた「まかないこども食堂『たべまな』」を運営されている鴻巣さんに「みんなのおいしい居場所~こども食堂 “子供の今、子供の未来”」と題してお話をしていただきます。

    鴻巣さんが発信されていたお言葉をお借りすれば「マリカがマリコに登場」です。みなさんのご参加を心よりお待ちしています。松江観光などを兼ねた遠方からのご参加も大歓迎です。いつもながら僕もとっても楽しみに大阪から参加します。

    スタッフ 赤い人 from 大阪

  • スクールMARIKO2017がいよいよ始まりました!第一回はGWの最終日にもかかわらず、大勢お出掛け頂きありがとうございました。

    会場の松江市民活動センター5階交流ホールには、スクールMARIKOオリジナルグッズや南相馬ファクトリーさんのグッズを取り扱う物販ブース、浜田真理子さんとおおたか静流さんのCD、関連書籍の販売コーナーに加え、お馴染みになったタパタパさんのカフェでは色とりどりのスイーツ&ドリンク、そして三重県から来て下さったシンガーソングライター胡池マキコさんの雑貨「月とワルツ」の可愛らしい小さな鈴がたくさん付いた指輪「月のしずくリング」や革製のブローチなど素敵なアクセサリーが並んだおかげで、開演前のロビーもとても華やかで大勢のお客さまで賑わいました。


    シンガー、ボイスアーティストのおおたか静流さんをお迎えした2部構成の前半では、福島で続けてこられた支援活動「でんでらキャラバン」のこと、南相馬の日鷲神社でのお祭りや、避難を余儀なくされた被災地から住民が少なくなってしまった結果、継承が心配される地域の伝統芸能を守るイベント「ふくのさと祭」などへ参加された様子が、真理子さんとのトークと画像を交えながら紹介されました。

    後半はライブ。ほぼ全編にわたり真理子さんとおおたかさんの共演でした。舞台装飾の草月流で生けていただいたグロリオサの妖艶な花の形や色のイメージがおおたか静流さんにぴったりでした。

    開演前の真理子さんの言葉を借りれば、「まるで天から降ってくるような美しさと気高さ、降り注ぐおおたか静流さんの歌声」と、「そこへ向かって地面からにょきにょき生えて上ってゆく」真理子さんの歌。「そして地上のどこか例えばあなたの胸で出会うことができたら幸いです」と真理子さんが願ったその通りでした。参加されたみなさんそれぞれの胸で素敵な出会いがあったのだと思います。涙された方々も多くいらしたようでした。おおたかさんの声と楽器、真理子さんの歌とピアノとが重なり合い、水のように流れていくようでもあり、炎となって燃えあがるようでもあり、更には大きな波となって揺れ、眩しい光となって輝いているような、神秘的で素敵なステージでした。

     

    後半のライブの初めに真理子さんが紹介された、スクールMARIKOに寄せられたメッセージもお伝えしておきます。

    【2月いわきでの、静流さんとのコンサートで、真の平和とはなにか考えさせられました。地元でも原発についての催しはほぼない状況で、何よりも「スクールMARIKO」を継続して活動していただいていることに、感謝、感動です。5月8日より廃炉作業が始まり、今回の催しには、何のお手伝いもできませんが、次回以降は何をできるか考えます。廃炉作業員 いわきの〇〇です。】

    感謝しなければならないのは僕の方で、何がお手伝い出来るのか考えなければならないのも僕の方です。でも多分、僕がいわきの〇〇さんのためにできることなんて、いくら考えてもたかが知れています。それぞれが自分にとっての原発だったり防災だったり、日々の生活や平和について、知り学び考えなければいけないのだと思います。遠く離れた福島のことを知り学び考えることは、僕の目の前にあることを知り学び考えることと同じです。答えは見つからないかも知れないけれど、そもそも答えなんてないのかも知れないけれど、立ち止まらず続けて行く。それが僕にとってのスクールMARIKOです。

    5年目を迎えたスクールMARIKOの第一回に参加して下さった皆さんの一人でも多くの方が、それぞれの立場で誰かのために自分のために、参加し続けて良かったと思って頂けるように、そして僕自身も僕のために、今年も運営のお手伝いをさせていただきます。そして続けて行くためには楽しみも必要だと思うのです。打ち上げの席で僭越ながら乾杯の音頭の指名を受けた際には「今年も頑張ったり、楽しんだりします!」と改めて決意表明したのでした。今年のあと2回もどうぞよろしくお願いします。

    スタッフ森田